小野沢谷
「記念碑」 小野沢谷は鹿峰に源を発し付知川に注ぐ河川で、安政年間を始め、明治三十七年、昭和二八年と過去幾多の大氾濫をひきおこし甚大な被害をもたらしたので地区民は一丸となって改修を関係機関に要請した。 このため公共通常砂防事業として昭和五十三年に鹿峰地区内のダム工事に着手、以来二千七百九十八米の流路工を十年の歳月と七億五千六百萬円の巨費を投じ完成したものである。 この間昭和五十八年より実施中の県営ほ場整備事業(十 二町二反、一億四千三百六十萬円)と国の調整費をもって同時施工を行い早期事業効果の達成が図られた。 砂防河川工事を土地改良事業の完成を記念し災害の絶無と小野沢の発展に寄与するよう碑に刻み後世に伝うものである。
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「源流」 この奥に鹿峰があります。 そこが本当の源流になります。 脇に林道がありますので登頂は可能です。 最近は人の目に付く場所に熊が出没しておりますので、この奥に分け入るためには熊対策が必要です。 また、ヒルにも気をつけましょう。 里の者の意見として、入らないほうが身のためと思います。
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「砂防ダム」 右下の部分がダム本体です。 ダムの概要は以下の通りです。 これより下流に民家が点在しています。 昭和53年度 小野沢通常砂防工事 ダム工 長さ54.2m 高さ9.5m 完成年月昭和54年3月 岐阜県 施工者石橋建設株式会社
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「上流」 改修により川はコンクリートになってしまいました。 遠くに酒造所の煙突が見えます。
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「上流から中流」 林の中を流れています。 この右上に記念碑が建っています。
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「中流」 川底に石などが堆積したので、草が生えています。
農業用取水口の様子
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「中流から下流」 この先の下流部分は、合流地点まで民家がありません。
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「下流」 民家から離れて、人も近づけない森の中を流れて行きます。 この森を分け入れば、下のように川が見えてきます。
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この先は本流「付知川」に合流します。 |
おしまい |